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今昔さんぽ 〜原敬記念館〜の画像
今昔さんぽ 〜原敬記念館〜
2026.05.15
街の歴史や風景を学ぶ今昔さんぽ。
今回は、盛岡から政治を動かした人物にせまります!
相場詩織さんが原敬記念館に行き原敬さんについて学んできました。


 
※放送時点の情報です。
 
原敬について

第19代内閣総理大臣「原敬」
特別な身分ではなく一般の立場で総理に上り詰め、平民宰相と呼ばれました。

その大きな足跡の原点となる盛岡に残る1軒の家、
そして原敬の歴史について学んでいきます。
原敬の生家
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こちらが、原敬が15歳まで過ごした生家です。
原敬のおじいさん直樹さんが1850年に建てたお家と言われています。

生家について、館長の荒川さんにお話しを伺います。
 
「偶の間」

ちょうど今立っているところ、ここが原敬の兄弟の部屋だったと言われています。

相場さん
「もしかするとこちらで勉強したり遊んだりしていたかもしれませんね」
荒川館長
「そうですね。7人兄弟だったので賑やかだったと思います」

原敬さんの小さな頃は、飼い犬がなくなった時にめそめそと泣き兄弟から泣き虫と言われる少年だったそうですが、誰とでも仲良くする優しい少年だったという風に言われています。

遠い存在のように感じていたんですけれども、そのお話を聞くと人情味あふれる素敵な方ですね。
 
「女中部屋」

奥にすすむと武家屋敷ならではの仕掛けが残されていました。
ここの部屋は天井が低く設定されています。
そこにはある仕掛けがあるそうです。
 

それがこの天井に空いている穴
この穴は何のためにあるのでしょうか。

相場さん
「お手伝いさんが何かあったときにこの穴からのぞくため!」
果たして合っているのでしょうか。
 

正解は隠し部屋でした!

近くの扉を開けると外すことが可能なはしごがあり、そのはしごを使ってこの隠し部屋に行くことができます。
そして先ほどの穴から、下の部屋を見ることができるようになっているんですね。

今では考えられないような仕掛けが原敬さんの家には隠されていました。
原敬記念館で原敬の歴史について学ぶ
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続いて、生家の隣にある原敬記念館へ
ここからは、原敬の歩みを資料とともにたどります!
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原敬は5歳から寺小屋で学びますが、14歳の時に森岡藩校の作人館が開校してそこで学ぶようになります。
原敬さんはとても優秀で”神童”と呼ばれていたそうです。

しかし、仕送りが途絶え、学校を辞めることなりました。
生活に困った末教会の門を叩きました。
そこで出会ったフランス人のエブラル神父から学んだフランス語が今後の人生を切り開く武器となっていきます。

その後、現在の東京大学法学部にあたる司法省法学校を受験しました。
およそ2000人の受験者のうち、合格したのはわずか104人。
なんと原敬さんはその中でも2番目の成績で入学します。


しかし、3年生の時に学校の食事をめぐって学生たちが抗議。
その代表となって学校側に意見したことから責任を問われ退学処分となってしまいました。

その後原敬さんはどのようになっていったのでしょうか。
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退学後はなんと新聞記者になったそうです。
そこで、フランス人と会話しているのが大臣の目に入り、
その能力が買われ外務省に入省することとなりました。

その後は、フランスに派遣され翻訳をまかされると、能力の高さを発揮しました。
日本に帰国後、陸奥宗光らに評価され39歳で外務次官へと昇進。
 

確かな実力で政治の道を切り開き、大正7年に
第19代内閣総理大臣に就任します。
原敬総理大臣の行い
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相場さん
「原さんが総理になって岩手県にどんなことをもたらしたんでしょうか」
荒川館長
「山間部も沿岸部も全てが発展して国力が上がるという風に考えたんです」
「それで全国に149の鉄道を敷く計画を立てました」

岩手県は、山田線と花輪線、大船渡線この3つの鉄道を敷く計画を立てています。
原敬総理大臣は、”地方創生”を大事にしていました。
その当時から地域格差をなくそうという考え方は本当にすごいですよね。

しかし、その後あってはならない出来事が・・・


65歳という歳で東京駅にて暗殺されてしまいます。

こちらの写真は当時着ていた服のレプリカです。
首元についている血は、血痕ではなくワインの汚れです。
刺されたときの気付け薬の代わりとしてワインが使われてその時についたと言われています。

刺された15分後に奥様が駆けつけるのですが、奥様は取り乱したりしないで
もう死んだ身ですから総理ではありませんので我が家に運んでくださいということで
自分の自宅に遺体を運ばせたということです。
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家族に見守られふるさとに愛された原敬
当時の盛岡の人口がおよそ4万人のところ3万の人々がこの泣き姿を出迎えたというエピソードも残っております。

原敬記念館では、当時の原敬の骨格などから声をAI再現し、質問を行ったりすることもできます。
よろしければ、実際に原敬さんの壮絶な人生を体験と学びを通して感じてみてはいかがでしょうか。
お問い合わせ


原敬記念館
【住所】盛岡市本宮4-38-25
【TEL】019-636-1192
【開館時間】9:00~17:00
【入場料】一般 300円、高校生 200円、小中学生100円
【休校日】月曜・年末年始
【駐車場】あり
動画はこちらから!
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